聖路加国際病院は地下鉄サリン事件の3年前に今の病院を建てました。無駄に広いフロアだと当時は笑われたものでしたが、僕には東京大空襲で治療に当たった時のことが忘れられなくてね。100万人が焼け出されたのですが、病院に入りきれず亡くなった患者をたくさん目にしました。大災害に耐えられる病院を造ろうと決めました。
チャペルやラウンジ、廊下など病院中のありとあらゆる壁に酸素の配管をめぐらせました。これさえあればどこでも病室になるんです。地下鉄サリン事件の際は、それが大いに役立ちました。発生現場から車で十分ほどのこの病院には次々と患者が運び込まれました。僕は「他の病院に回さず全部入れるように」と指示しました。結局640人入れて、死者は1人だけでした。日ごろの備えがあったからこそです。







